【報告】サイエンスアゴラ2025に出展「ひみつの研究道具箱 ~最新技術の光と影にせまる!~」

 

サイエンスアゴラ2025プログラム出展「ひみつの研究道具箱 ~最新技術の光と影にせまる!~」

最新技術の光と影を考えるワークショップを開催しました

 2025年10月25日(土)、東京・お台場で開催されたサイエンスアゴラ2025にて、カード型科学コミュニケーションツール「ひみつの研究道具箱」を使ったワークショップ「ひみつの研究道具箱 ~最新技術の光と影にせまる!~」を実施しました。

 今回のワークショップでは、全体進行とテーブルファシリテーターを新渡戸文化中学校・高等学校の生徒さんが担い、松山研究室からは「ひみつの研究道具箱」開発の背景紹介と最後の総評を行いました。開場から間もない10時半から12時までの長丁場だったにも関わらず、14名の方がご参加くださいました。

 

テーマ:「クマが果樹園に出没!あなたならどうする?」

 「食物を食い荒らすクマが近隣の果樹園に出没している」というピンチに対して、参加者は、チームごとに「果樹園のオーナー」、「登山者」、「隣家の住人」、「猟師」、「近隣の小学校の先生」の立場に分かれ、それぞれの立場から科学技術カードを使って、これにどう対応していくかを考えました。

 

参加者のアイデアと研究者からのコメント

 松山研究室では、今回のワークショップで生まれたアイデアをまとめ、実際に研究開発を進める生産技術研究所の研究者たちに共有しました。以下に、イベント時に参加者から頂いたアイデアと、イベント終了後に研究者から頂いたコメントをいくつか紹介します。

 

<漁師チーム>

アイデア:

  • リモートセンシングで熊の動きを見る。熊の行動パターンを予測し、人が通らないようにする。
  • IoTで連携させて、電気と光でクマを近寄らせない。各地のワイヤーに、熊が来た時に電気を流して、近寄れないようにする。電気をエナジーハーベスティングで作る。
  • 猟師がカメラをつけ、コンピュータビジョン技術で映像を覚えさせ、ヒト型ロボットに駆除してもらう。

リモートセンシングを専門とする竹内渉研究室からのコメント:

 熊の出没予測に関しては、リモートセンシングだけでは直接的な個体の把握は難しいため、餌資源の季節変動や耕作放棄地の増加、気候変動による植生変化などの要因を組み合わせて出没リスクをモデル化しています。

 研究の結果、富山県では熊が植生のある地域だけで目撃されているのに対し、秋田県では熊が市街地までひろがって目撃されており、人間と熊の居住地の境界があいまいになっていることが分かりました。また、秋田県では市の中心部にリスクが集中していることも分かりました。

 この研究がきっかけになり、1.熊の目撃データが自治体から次々に公開される、2.データが増えることによってリスクの予測精度が飛躍的に上がる、3.実際にリスク軽減に役立つことで、多くの人々が目撃情報を積極的に報告するようになる、という「みんなで街の安全と未来を考える」ポジティブな循環が動き出すことを期待しています。

 今後はモデルを改良しながら、繰り返し市街地に出没する熊の行動予測を行う予定です。また、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と連携し、全国規模での出没予測を目指す予定です。

 

参考ポスター:https://wtlab.iis.u-tokyo.ac.jp/images/research_poster/Didier_poster_2025.pdf

竹内渉研究室HP:https://wtlab.iis.u-tokyo.ac.jp/

 

IoTを専門とする馬場博幸特任准教授からのコメント:

 長野県伊那市では、罠の見回り業務の省力化と鳥獣被害の軽減を目的として、罠にかかった瞬間に通知する鳥獣罠センサーの実証事業が行われており、安曇野市ではGIS・ドローン・センサーカメラを組み合わせることでイノシシの出没を約8割減らす効果が報告されているようです。IoTを活用した害獣対策が各地で進みつつあります。

 

馬場研究室HP:https://www.babahiroyukilab.iis.u-tokyo.ac.jp/

 

コンピュータビジョンを専門とする菅野裕介准教授からのコメント:

 自動で熊を駆除する人型ロボットはさすがに誤射が怖すぎるので、仮に熊の検出精度が今後劇的に向上したとしても、なかなか難しいでしょうね。

 技術的には、ドローンを人が遠隔操作する方が実現可能性は高いかもしれませんが、こういった方向性は軍事技術との境界が曖昧になる懸念があり、慎重な検討が必要です。

 

菅野研究室HP:https://www.yusuke-sugano.info/ja/

 

 

 

 

<登山者チーム>

アイデア:

 マイクロニードルを使って睡眠薬などで熊を眠らせ、エナジー付きのロボットで自動運転のトラックに乗せて、山に帰す。廃棄する果物などを生体の高品位保存で山に定期的に届けて、クマが人里に来なくても暮らせるようにする。

 

マイクロニードルを専門とする金範埈教授からのコメント:

 パッチ型マイクロニードルによるドラッグデリバリーシステム(DDS)の応用として、人への麻酔に利用できないかと、まさに私たちも開発を進めているところです。歯科病院での局所麻酔ではすでに実用化もされています。

 しかし、動物への応用はほとんど検討されていません。理由は「動物には毛があり、パッチを貼りづらい」こと、「大型動物だとマイクロニードルで搭載できる薬の量では、足りない」こと、そして、「皮膚が厚いとマイクロニードルが刺さらない」ことなどです。

 熊に麻酔をかける場合は、マイクロニードルパッチよりも麻酔銃の方が実用的ですね。

 

金研究室HP:http://www.kimlab.iis.u-tokyo.ac.jp/


 

 

<近隣の小学校の先生チーム>

アイデア:

 コンピュータビジョン技術で熊を自動で検知し、近くまで人が見に行かなくても、遠隔で避難・防御ができるシステムを作る。熊の位置と行動を予測し、最適なルートで子どもたちを避難させるようにする。熊の行動から目的を知り、対策を練る。

 

コンピュータビジョンを専門とする菅野裕介准教授からのコメント:

 実際に、コンピュータビジョン技術で熊を検出することは十分可能であろうと思います。山中の監視カメラで熊の生態を分析することもあり得る方向性だと思います。
一方で、人間の意思は当事者に聞くことができますが、動物の意思をはかることは難しく、「熊側の目的」はなかなか分析しづらいように思います。


菅野研究室HP:https://www.yusuke-sugano.info/ja/

 

 

 

未来を描き、影を見つめる

 ワークショップ後半では、生み出したアイデアで実現できる未来像をイメージした上で、それを批判的な視点で見つめ直し、科学技術がもたらす「影の部分」へも目を向けていきました。

未来像(光) 懸念(影)
  • 人とクマとの不幸な接触が減る。
  • クマが果樹園に入ってこなくなり、町に人が戻ってきて経済活動が活発になる。
など
  • クマを山に帰すとクマが増えて、他の生き物が減ってしまう。
  • ロボットの導入や運送にお金がかかってしまう。
  • 町の人口が増えて犯罪が増加する。
  • 情報に依存するため、遅かったり不正確だったりしたら命取りになる。
  • コンピューターに頼りすぎると壊れたりした時に困る。壊れてしまって誤作動するかもしれない。
など

 

今後も「ひみつの研究道具箱」を使ったワークショップを様々な場で開催し、ワークショップの改良やツールの新たな活用方法の検討を行っていきます。

(執筆者:熊谷香菜子、松山桃世)


2025年10月25日